この本の序文にも書いてありますが、薬物依存の臨床は「精神医学の暗黒大陸」と言われるような知見の乏しい分野です。
私がこの本を入手した当時もあまりに専門的な(特に援助の内容まで書かれた)本の数が少なく、本書の存在が非常に有難く思えたのを覚えています。
アルコール依存症より患者数が少ないことに加えて、患者さんがその経験をオープンにしづらいことも背景にあると思います。現在でも、どのようにこの病気を治療するかを(特に具体的に長期の方針まで)考えたときに、最も重要な情報源はDARC(ダルク)など当事者を含めた援助団体であると思います。
この本はそういった中で、医療者サイドから、具体的にどのように症状をとらえ、どうやって援助(治療)をすすめていったら良いかが書いてある価値の高い本だと思います。
著者の臨床研究をそのまま掲載した部分も多く、一般の方が参考にするには厳しいところもありますが、記述は全般的に理知的ながらも、「この未開拓の分野をなんとかしよう(あるいはなんとかしなければならない)」という情熱(使命感)が感じられ、感銘を受けます。
この書より以前から指摘されてきた点として、薬物乱用・依存、自傷(自殺企図)、食行動異常(拒食や過食)は合併することが多く、「故意に自分の健康を害する」症候群として提唱されてきたという経緯があります。
そして、三つの主な特徴として1)自傷行為 2)摂食障害 3)物質乱用を挙げています。この本の中ではこのような薬物依存者に合併する行動障害と虐待の体験との関連性についても言及しています。
本書でも、薬物依存を単なる物質使用のみの問題としてではなく、表題にも書かれているように“「故意に自分の健康を害する」症候群”として、問題を総合的にとらえる姿勢がとられています。
最後に、本書の姿勢を示す部分として、冒頭に近い部分を抜粋させてください。
「筆者は、多剤乱用歴のあるひとりの薬物依存者から聞いた言葉を、今でも鮮明に覚えている。『自分は14歳から20年間ずっと、クスリでも酒でも酔えるものがあれば何でもやってきた。それでもどうにもならなくなっていまは病院や自助グループに通ってはいるけれども、もしも14歳の時にクスリと出会わなかったら、たぶん自殺していたと思う。』彼の腕にも、すでに薄くなってはいるが、たしかに多数の自傷痕があった。」
薬物依存症を「生きるうえでの困難さ」の病気としてとらえる必要性を強く感じさせられた本でした。