古い本で、病名の記載が「統合失調症」ではなく、「分裂病」のままとなっています。
なぜか、この本においてはこの「分裂病」という名称の方が、事態の深刻さを表しており、雰囲気に合っているように感じられます。
非常に克明な病状の記録です。
表紙の絵が暗く、中身も重たい本です。
筆致は客観的で、娘と自分自身を見つめる観察者の心性が貫かれているものの、あまりにも克明過ぎてつらくなる部分もあるかもしれません。
老人ホームに入居していた父である著者が娘からの手紙を受け取るところから話は始まります。
統合失調症のご家族がいる方にとっては、「うちもこうだった」と思われるような典型的な妄想内容の手紙ではあるのですが、著者はなんとか娘の心情を常識の範囲で汲み取ろうとして、苦心します。
冒頭からの描写では、不吉な要素を感じながら娘の状態に対する楽観を保ちたい親の気持ちの葛藤が伝わってきます。
その後も手紙のやりとりが続きますが、老人ホームを出て一緒に暮らすようになってからは、娘との会話の一言一句が再現されており、非常にありありとした描写が続きます。
最後に結びのところに書かれた著者の述懐を抜粋させてください。
「……しかし、あの不安と動揺と困憊の果てにたどりついた現状から振り返ると、人間の意識を乗り越えようとする情動を一度ならず繋ぎ止めたものは、やはり骨肉の絆であったという思いが深まるのである。あのような限界的な状況のもとで、不死身の力を集中することのできるものは、本能的な肉親の愛情よりほかにないのではなかろうか。
思えば何度地獄をみてきたことだろう。そのたびに地獄から眼をそらして逃避するのが精いっぱいだった。……」
最近、病気の体験記というと読みやすさが考慮されたコミカルなものが多いのですが、このような対極に位置する記録も、非常に価値があるように感じられました。