特に高齢者や手術後の環境変化などに伴いやすい病気(状態)として「せん妄」があります。
大まかに説明すると、幻覚などの知覚の歪みを伴うこともある意識レベルの変動のことを言い、認知症の方がある時間帯になるとおかしなことを言うとか、急な環境変化の後ぼーっとしたり、興奮したりするようになった等の状態を経験したら、この「せん妄」の可能性が高いです。
認知度のわりには非常にありふれた病態で、特に高齢者施設等で急に精神状態が悪くなったとか、夜間に興奮するようになったと聞いたら、まずこの病気(状態)を考えて治療を開始します。
治療としては明るさや活動性の変化により、しっかりと昼夜のリズムをつけることと、せん妄をひき起こすような薬剤の減量・中止や身体的状態を改善することがまず優先されますが、中には薬剤による治療(抗精神病薬の投与)が検討される場合があります。
今回は、集中治療室(ICU)で身体疾患に伴うせん妄に対して抗精神病薬の効果を検証した論文をご紹介します。
重度身体疾患におけるハロペリドールとジプラシドンのせん妄治療の効果
ICU内でせん妄を発症した566人(うち89%が「低活動型」、11%が「活動亢進型」)について調査が行われました。せん妄の治療開始後の14日間で、せん妄状態や昏睡が無かった日数が治療効果の判定に使用されました。
結果としては、ハロペリドールという昔から使われている抗精神病薬(興奮などを鎮める作用のある薬)の平均が7.9日、ジプラシドンという新しいタイプの抗精神病薬の平均が8.7日、偽薬(薬剤成分を含まないもの)の平均は8.5日でした。
上記のように薬剤を使っても、偽薬との違いがほとんどなく、薬を使用する意味がないという結論に至りました。
今回の調査はICUという特殊な環境下で、身体的状態も悪化している状況であり、そのまま一般のせん妄に結果を応用するのは誤りだとは思います。
現在、(環境への適応を考えるとやむを得ない事情もありますが)自分も含めてせん妄の治療に対して比較的早期に抗精神病薬が開始することや、効果がない場合でも漫然と使用してしまう傾向があります。
比較的大きな規模の臨床研究で抗精神病薬のせん妄への効果が否定されたことにより、自分の行っている薬剤によるせん妄治療が本当に効果をあげているのか見直すきっかけにしたいと思いました。