臆病な医者 南木佳士:著

私はつい、深い思慮もなく、「無理をされないように」と患者さんに言ってしまうことがあります。
「今まで十分無理をされてきたのだから、これ以上無理をなさらなくても良いのではないでしょうか?」
多分、十分に意識せぬにせよ、そのような思いが働いていることや、そこに他意はないようにも思うのですが、時々痛いほど気づいてしまう……そもそも、「無理をしない生き方」など存在しないのではないか、と。
日々というより、しんどさの意識においては毎秒、無理を重ねて生きている……そう感じざるを得ないことがあります。
「なんだ、このダルさは?」 前人未踏かどうかは知りませんが、とにかく未体験ゾーンであることは確実な倦怠感とともに目覚める朝があります。
「そもそも、重力に逆らって、直立二足歩行を行うことに無理があるんじゃないでしょうか?」
意味のない問いを発しながら、とんでもない選択をした遥か昔の祖先を恨みつつ、ようやく起き上がるような……。
うつ病とパニック障害を経験した医師である南木佳士が著した『臆病な医者』は、人間のしんどさを所与のものとして纏いながら、ソロリソロリと生きる姿を飾らぬ筆致で描いています。
短いエッセイが多数収録されており、疲れた頭をほぐすように少しずつ読むことができます。
最初の「川岸の風景」からの抜粋です。
「春から夏に遡上を続けたアユは秋に河口へと下り、たった一年の生を終える。その還り路に見る風景を、たぶん私も見始めている。」
人生の往から復へ……静かに自分の生を受け入れる、そのような日々が著されているように感じます。