〒790-0005 愛媛県松山市花園町4-12
和光ビル2F 
TEL:(089)997-7670 FAX 997-7671
Copyright © もりさわメンタルクリニック  All rights reserved.
 

離人症とコタール症候群を呈した症例

今日は、一昨日と昨日に説明した離人症とコタール症候群をともなった症例に関する報告を紹介します。 “Differential Diagnosis of an Elderly Manic- Depressive Patient with Depersonalization and Other Symptoms” 離人症や他の症状をともなった高齢の躁うつ病患者における鑑別診断 Case Reports in Psychiatry Volume 2016, Article ID 1454781, 4 pages. まずは、大まかに症例の提示を抜粋します。 「70歳の男性。警察が家族を逮捕しに来るという妄想のために落ち着かない状態にあった。家族は彼を当院の一般内科に連れて行き、検査を受けさせた。彼のバイタルサイン(血圧、脈拍などを含む最も基礎的な測定値)や神経系を含む身体所見は正常であった。さらに血液検査でもまったく異常は認められなかった。そして、医師は眠前に抗精神病薬であるクエチアピン25mgを処方した。翌日に彼は精神科に紹介された。」 その後、この男性は離人症に類似した現実感の欠如や時間・金銭の感覚の喪失を訴えるようになります。そして、さらに自分がすでに死んでいるとの妄想を抱きます。 具体的な訴えの一部を抜粋します。 “私は石になってしまった” “私の心臓は止まってしまった” “私は30万光年先まで行くことができる” “私は全人類は破滅させた” “借金が天文学的な額に膨れ上がっている”etc 妄想の内容もやや特異な点を感じ取っていただけるでしょうか? 以上のようなことから「コタール症

コタール症候群(Cotard’s Syndrome)について

昨日に続いて精神症状についての説明を続けさせてください。 今日は昨日の離人症よりさらに経験することが少ない症状ですが、非常に特徴があるので精神科医学の領域では有名な症候群、コタール症候群(Cotard’s Syndrome)についてです。 この症候群について精神医学教科書 Kaplan and Sadock's Synopsis of Psychiatry 11th Editionの内容を大まかに訳して抜粋してみると 「この症候群をともなった患者は財産・地位・健康を喪失した感覚だけでなく、心臓や血液・腸を失くしたと訴える。それを超えるとついには何もない無の世界について訴える。この比較的まれな症候群はたいていは統合失調症やうつの前兆として現れる。抗精神病薬が使われるようになって、この症候群は以前よりも見られなくなっている」 私が経験したのは類似の病態も含めて3人だけです。 それまでにも統合失調症の患者さんを含めて様々な訴えを聞いていましたが、最初に確信に満ちた様子で「内臓が消えた」と言われたときの、衝撃を今でもおぼえています。 了解(理解)不能であることが、本来の妄想の特徴ではありますが、その「飛び方」にも飛距離と方向があって、コタールの妄想はかなり方向も予想外に斜めで、距離も大きく感じられたのです。 その後、妄想の訂正(通常あまりすすめられません)を試みた覚えがあります。おそらく、そんなことはあり得ないと患者さんに思い直して欲しかったのだと思います。 明日はコタール症候群や離人症を伴った症例についてご紹介します。 #用語解説

離人(りじん)症について

精神症状のうち気分の落ち込みや不眠、幻覚や妄想等に比べると、少しマイナーなもののうちの一つに「離人症(感) depersonalization」という症状があります。 定番の精神医学教科書 Kaplan and Sadock's Synopsis of Psychiatry 11th Editionによると 「身体存在に関する変動する感覚で、自分の体の外にいるような感覚、人々から切り離されているような感覚、浮遊感、夢の中でのように遠くから自分自身を観察しているような感覚を含む」 自分を自分の体から切り離す? ……それを感覚上だけで可能にしてしまう症状といえます。 イメージ的にはなんとなく幻想的な雰囲気をまとっている症状ですが、これが執拗に続くことは、自分が自分である感覚や生きている感覚の減弱につながり、日常生活全般がやりづらくなってきます。 通常の感情障害等には伴うことの少ない症状で、私が経験した例の大半が都市部のクリニックで担当した患者さんです。 印象では、辛い目にあった患者さんが、そうやって少し荷物を軽くしているような感じを受けることが多いです。それ自体も気持ち悪い症状ではあるのですが、そうでもしなければ自分が存在していることを受け止められないというような感じなのです。 身体を含めた自己の存続と感覚の正常(自己一致)とを天秤にかけたとき、ぎりぎりの選択で前者が選ばれるしくみが、離人症の根っこにあるような気がします。(この点に関しては様々な本の中の「解離」の項目で、類似の説明がより洗練されたかたちでなされていることが多いです。) 明日は、もう少し稀有な症状の解説を続けさせてく

『ドラッカー 365の金言』 PFドラッカー著

かなり以前に『もし高校野球の女子マネージャーが……』がすごく話題になったので、ドラッカーという名前については知っている方も多いと思います。 何となく、経営とか経済のことを研究した人というイメージだと思うのですが、多くの分野に共通している考え方を分かり易く示してくれた人でもあります。 組織論でも有名な方ですが、個人の生き方についても多くの言葉を残しています。 この本は非常に広範かつ多数にわたる著作のうち、ドラッカーに造詣の深い編者が特に意義深く凝縮されている部分を抜き出して、日付を付したものです。 長文はつらいけれども、名言よりは少しまとまった内容を読みたいという読者にはちょうど良い分量です。 ドラッカーの著作に繰り返されている「自らの強みに集中せよ」というメッセージについて書かれた「1月24日」の一部を抜粋してみます。 「まさに、自らの強みに知り、それをいかに強化するかを知り、かつ自らのできないことを知ることが継続学習の鍵である。」 でも、「6月10日」ではこうも書いてあります。 「……強みと価値観が合わないことは珍しくない。よくできることと価値観が合わない。世の中に貢献しているとの実感が湧かず、人生、あるいはその一部を割くに値しないと思える。……(中略)つまるところ、優先すべきは価値の方である。」 経営についての研究というと、どうしても合理性や効率について強調するイメージを持たれがちですが、少なくともドラッカーについてはその根底にある「人間性」について追及した人であると言えそうです。 哲学は抽象的過ぎて読む気が起こらないけれども、実用一辺倒の知識も味気ないと感じている方に、非

「『こころ』に劇的、漢方薬」 益田総子著

私はこの本を読んでから、より深く漢方について勉強したいと思いました。 ただ、残念ながらこの著作自体は絶版のようで、中古でしか手に入りません。アマゾンで検索したところ同著者の『漢方薬』シリーズなどが出ているので、漢方に興味がある方は一読をおすすめします。 まず、すごく面白いです。 すべてが物語として楽しめる内容となっていて、山あり谷ありの展開で、処方の工夫を行う著者の心の内も書かれていて、1章ずつ短編小説のように読んでしまいます。 さて、精神科医によって違うかもしれませんが、私は本で読んだ臨床試験の結果などよりは、自分で経験した奏効例(良く薬が効いた例)の印象の影響が大きいです。これは決して褒められたことではなく、EBM(証拠に基づく医療)の立場からは戒められるべき自経験主義だとは思います。 でも、行動が感情を伴った経験によって左右されるという点は、処方行動についても完全に例外とはならないのが本音のところです。 良くなった患者さんの顔の浮かぶ薬は、どうしても処方量が増えます。 例えば認知症の行動心理徴候(周辺症状)で良く使われる抑肝散(ヨクカンサン)ですが、私の場合はこの薬を選択肢として考えた時、職場のパワハラで苦しんでいた男性が「これ(抑肝散)を飲むとほっと落ち着くんです。」と笑顔で言われていたのを良く思い出します。 この本には、そういう薬にまつわる感情に溢れた経験がたっぷり描かれています。 #薬物療法

精神症状とホルモン異常

精神疾患の治療を長い間担当していると、いつの間にか健康問題を精神的な問題として考える傾向が出てくるように思います。 精神症状なら猶更で、他の分かりやすい身体症状がない限り精神疾患としての治療のみを追求してしまうかもしれません。 今回は、高齢者の方ですが、急性の精神症状の原因がホルモン異常だった症例報告をご紹介します。 “Acute psychosis as an initial manifestation of hypothyroidism: a case report” 甲状腺機能低下症の最初の兆候が急性の精神症状であった例 Journal of Medical Case Reports(2015)9:264 DOI 10.1186/s13256-015-0744-z 簡単に症状を説明するとつぎのようになります。 「90歳の日本人男性。職業は一般内科医で、急に発症した活動性低下・妄想・幻覚で救急病棟に入院した。彼は入院の3日前まで内科医として働いていた。入院時の身体診察では明らかな異常はなかったが、血液検査で甲状腺機能の低下とCTで胸腹水を認めた。脳波では広い範囲で徐波(ゆっくりとした波、意識障害を示すことが多い)とα波(通常、覚醒しているときにみられる脳波)の減少を認めた。すぐにホルモン補充療法が行われ、甲状腺機能の値や胸腹水、脳波の異常は速やかに改善されたが、精神症状だけは継続した。」 つまり、高齢者でほとんど体の症状はなく、急に精神的な異常が現れたということなのですが、通常なら「せん妄」だとか「潜在性に進行した認知症に合併した急性の精神病状態?」とか考えられて、向精神

『発達障害に気づかなかったあなたが自分らしく働き続ける方法』 高山恵子著

この本は題名の通りの本で余り中身の説明はいらないかも知れません。 以前にご紹介した『発達障害サポートマニュアル』は園・学校・家庭でのサポートをテーマとした具体的アドバイスに溢れた本でしたが、この本はその「お仕事版」と言える内容です。 著者は自身もADHDの症状に苦しまれてきて、現在は臨床心理士として教育とカウンセリングを中心に活動されています。 まずこの本の基本的な姿勢に関わる部分を「はじめに」から抜粋させてください。 「自分の特性に合った対処法を身につけ、ストレスを軽減する環境を整えることができれば、その人にある特性は障害ではなく個性の範疇になり、さらにはその特性をプラスに生かすこともできます。」 「特性はプラスにもなる」という記述は、どの発達障害の解説書でもみられる内容ですが、なかなかその具体的な方法が掴めないことが多いものです。この本では、全ての方に当てはまる方法は存在しないことを前提とした上で、ある方針を採用した時のメリット・デメリットを一つ一つ考える手助けをしてくれます。 それからスキルを身につけ、実力を出すための準備として「メタ認知」の重要性を示しています。 私の感覚としても、ほとんどの心理的関わりの成否にこの「メタ認知」が関わっているように思います。 この本の解説をお借りするなら、メタ認知とは「自分の思考、行動を客観的に把握し、認識し、適切な言動を選ぶこと」ということになります。 まずは自分の思考、行動について考えること。その考えるステップについて伴走してくれる本だと思います。 #発達障害 #生き方

『聖の青春』 大崎善生著

なぜか将棋もろくにさせないのに棋士の考え方や生き方に興味があります。 盤上の勝負にかける集中の度合いというか、純粋さにどうしようもなく魅かれてしまいます。 今回ご紹介する本は、幼少よりネフローゼ症候群という腎疾患を患い、病気と闘いながら修業してプロの棋士としてデビューした後に癌で夭折した村山聖(むらやまさとし)さんの記録です。 テレビでも何度かドキュメンタリーが放送されたので、腎疾患の方に特有のぼってりとした顔貌に見覚えのある方がいるかもしれません。 この本の中には様々な闘いが描かれています。病気との闘い、将棋との闘い、そして人間との闘い……。 将棋に対する複雑な気持ちが本人の「名人になって早く将棋を辞めたい」という言葉にも表れているような気がして、ちょっとつらくなるところもあります。好きだから、将棋指しになったわけではなく、たった一つのできること、この世と自分との唯一の命綱だったから、それと闘い続けるしかなかった、そういうしんどさを感じます。 でも、全てのしんどさ、報われないことへの苛立ち、やり切れなさを貫いているのは、師匠の森との関係を中心とする“人の情け”であるような気がします。 最後に、師匠の森が村山聖の主治医に相談する場面を抜粋させてください。 「森は住友病院にいき、村山の主治医に相談を持ちかけた。なんとか1日だけ、対局をさせてやってくれないかというものだった。そうしなければ、村山の立場は危ういものになってしまう。村山にっとては命を断たれたのと同じことになるだろう。もちろん腎臓が大事で、安静がいちばんなのはわかる、しかしいまのあの子にとって自分の肉体よりも大切なものが

緩和的鎮静に関する倫理的問題

仕事柄なのか、性格からか、“死”について考えることが多いです。 特に人間の“死”に、許されるものと許されないものがあるのかという問題について考えてしまいます。 人に迷惑をかけなければ……という身もふたもない容認論以外にも、どうやら許されない死に方があるようなのです。 医師による自殺幇助や安楽死は法律で禁じられています。もちろん誰もそんなことをすすんでしようとする人はいません。本やニュースで聞く、この罪に問われている人には、それなりの事情があります。でも、どうして「それなりの事情」ではダメだったのでしょう? 実際にはもっと詳細な要件がありますが、今回は前回取り上げた記事の中で触れられている死期を早める行為が容認される要件についてあげると以下の様になります。 ①その行為が生命の短縮を意図しているものではないこと ②本人の意思の表明や家族の同意 ③緩和ケアチームや倫理委員会等の集団的協議 そして、上記の過程は繰り返し確認され、拙速に行われないこと。 上記のうち、本人や家族の意思にそった方針じゃないとダメというのも分かるし、独断に陥らないようにみんなで話し合いを重ねましょう、ということもある程度納得できるのですが、なぜか①だけひっかかるのです。 前回の女性の例で言えば、持続的に鎮静をすれば、死ぬことが分かっていても、それは生命の短縮を意図していると言わないのでしょうか? この点について、考察に以下のような一文があります。 “The bad effects can be forseen but cannot be intended.” (声明に対する)悪影響は予見されることはあっても、

耐え難い痛みと緩和的鎮静について

今日は、癌に関連した耐え難い痛みが生じたときに、苦痛緩和のための鎮静がどの程度容認されるかについて考えてみたいと思います。 医学雑誌に連載されているMGH(the Massachusetts General Hospital)という病院の臨床記録から見てみます。 “44-Year-Old Woman with Intractable Pain Due to Metastatic Lung Cancer” 転移性肺癌のために難治性の痛みを認めた44歳女性の症例 N Engl J Med 2015; 372:2137-2147 DOI: 10.1056/NEJMcpc1404141 概略は以下のようになります。 「44歳の女性が肺癌の多発性転移から耐え難い痛みを生じた。化学療法や放射線治療も効果がなく、麻薬性の鎮痛薬も彼女の痛みを軽減することができなかった。通常、麻薬製剤はWHOの階段状の使用を行うことで一定の効果を上げ、患者の痛みを和らげることに貢献する。しかし、この患者においては麻薬製剤を用いることでかえって痛みが増強する奇異反応といわれる特殊な現象が生じていた。全身に転移した癌により、彼女は末期の状態にあり、しかも常に強い痛みにさいなまれていた。あらゆる手段はほとんど無効で、彼女が唯一安らげるのは向精神薬を用いて眠っている時だけであった。しかし、それにしても目覚めれば再び耐え難い痛みが帰ってくる。意識ははっきりと保たれており、自らの意思を表明できる状態にあった。彼女の一番怖れていることは、この耐え難い痛みの中で苦しみながら最期を迎えることだった。彼女の痛みを和らげる方法が

「『やりがいのある仕事』という幻想」 森博嗣著

この手の本をたくさん読んでいること自体が生き方に迷っている証拠かもしれません。 でも、こういうテーマの本を一定量は摂取しなければならない必須栄養素のように求めてしまいます。 森博嗣さんは『すべてがFになる』などを書いたミステリ作家として有名ですが、エッセイについても定評があります。 最近、多くの「がんばらなくても良い」というメッセージを持った本が出ています。私も好きで良く読みます。でも、この本は、それらの本の傾向とはちょっと違って、突き放した印象を与えるかもしれません。 読んでいて「そんなに理屈っぽく言わなくてもいいのに……」と思うこともしばしばですが、それが良いんです。その理屈っぽさが、なんとなく優しいように感じます。べたべたした感じではなく、涼しげな配慮のようなものを感じます。 様々な本を読んでいて、どうしても自殺に関連したテーマで書かれた部分には注意が向いてしまいます。それは自分の中でも、「自殺はいけないことか?」、「いけないとしたら、どうして自殺してはいけないか?」についての確たる答えがないせいだと思うのですが、この本では「死にたくなったことのある人へ」という章で以下のように書かれています。 「たとえば、自殺しようと悩んでいる人に対しても、僕は助言ができない。僕は自殺をしたことがないから、それがどんなものなのか知らない。(中略)ただ、感覚的に、自分の知っている人が自殺をすると、僕は嫌な気持ちになる。自分の知らない人だったら、それほどでもないが、近しい人がいなくなると、僕は残念に思う。だから、もし、そういう人が相談にきたら、『僕は嫌だ』というしかない。」 私はこの人の文章

認知症に合併した“抜毛症”

今日は著しい“抜毛”症状を合併した認知症の症例報告をご紹介します。 “Trichotillomania as a Manifestation of Dementia” 認知症の徴候としての抜毛症状 Case Reports in Psychiatry Volume 2016, Article ID 9782702, 5 pages 以下に症例の大まかな内容を訳してみます。 「54歳の女性。記憶とその他の認知能力の低下が最近5年間に渡って進行してきた。初期から適切な言葉が思い出せなくなり、あいまいな言葉を使用するようになった。見当識(時、場所、人についての基本的な記憶)の障害や、全般性の記憶力低下、聞いた事柄の理解力低下、空間を正しく認識することにも支障があった。徐々に自分一人では様々な日常的活動ができなくなってきていた。MMSE(認知症のスクリーニングで頻用される検査)では9/30点、言葉の流暢さが失われ、言語理解や物品の呼称の低下が目立った。彼女の記憶は全般的に著しく障害されており、視覚的認知を試す課題においても失点が目立った。 発症から8年経過した頃、落ち着きがなくなり、興奮し、繰り返しの強迫行為が出現した。そして、最も著しかったのが、重度で、持続的かつ制御不能の抜毛症状である。その結果、彼女の頭髪は全てなくなってしまった。あらゆる介護的試みや薬物療法は効果を示さず、その症状は2年間続いた。彼女は起きている間中ずっと髪の毛を抜き続け、ついには睫毛や体毛まで抜き始めた。同時に指を摩ったり、突いたりして、擦り傷ができてしまうようになった。さらに爪で指先を傷つけ出血するようにもな

“抜毛症”について

時々、毛を抜くのが止められない患者さんがいます。疎通がとれる方で、その理由を聞いてみても、はっきりしないことが多く、精神的な安定を図りながら、完全な治癒には至らず経過をみるしかないことがあります。 医学大辞典(医学書院)では以下のように説明されています。 トリコチロマニー trichotillomania 【抜毛症】 身体の毛、主として頭髪を引き抜く症状で、女子により多くみられる。基礎疾患として特有のものはなく精神発達遅滞、てんかん、神経症、精神分裂病、進行麻痺、老年期精神病など多くの疾患でみられることがあり、症候群として扱われている。抜毛時快感を訴えることもあるが自覚症状のない場合が多く、本人よりも家族が心配して皮膚科を受診させたりする。原因が明らかな場合はその治療を行い、そのほかの場合は母親を含めた精神療法が必要である。 私も発達障害や知的障害で経験した場合が多く、眉毛や前頭部の毛髪がなくなり、外見上の支障となっていたことがあります。 薬物療法の効果がある場合もあり、一般的なのは抗うつ薬による治療です。 このように抗うつ薬は、気分の落ち込みや意欲の低下のみでなく、様々な病態の治療に使われます。この場合は、抜毛を強迫行為(やめたいと思っても止められない行為)の一つとして捉えて、セロトニンという物質を補うことでその改善を図る目的での使用になります。 薬物療法以外にも、それを気にする家族との関係を反映することもあり、周囲も含めた精神療法的アプローチを要することがあります。この点では摂食障害の治療と似通った面があります。 このように一つの行動として表現される症状であっても、その原因

『我が逃走』 家入一真著

家入一真さんが、レンタルサーバー業の起業から始まる、浮き沈みの大きい自分の人生を赤裸々に語っています。 巻末の著者の紹介には以下のように書かれています。 「起業家。1978年福岡生まれ。中学校時代のいじめがきっかけでコミュニケーションが苦手になり、高校を中退後、本格的なひきこもりになる。独学でプログラミングを習得し、『誰にも会わずに仕事がしたい』と企業を決意。2010年、自宅でレンタルサーバー『ロリポップ!』をリリース。(中略)2008年にはJASDAQへ当時最年少(29歳)で上場。……」 この本の他にも『ぼくらの未来のつくりかた』などでも知られ、供託金をクラウドファンディングで集めての東京都知事選出馬など、社会的活動でも注目を集めました。 エッセイや自叙伝は、自慢よりは失敗談のほうが面白く感じます。人の上手くいった話よりは、ひどい目にあったという体験談の方が興味深く読むことができます。 この本の中心は、前半の成功が崩れ落ちていく過程にあります。絶頂が華やかであったからこそ、後半の惨めさ、苦汁をなめる日々の描写が際立ちます。 そして、どうしようもない状態でも家入さんを見捨てなかった周りの人の情け深さにしみじみします。おそらく多くの人が、家入さん本人よりは周りの人が「すごい!」という印象を持つのではないでしょうか? 全体を通して、情感はありながらも淡々としていて、後悔も、申し訳なさも、情けなさも、悔しさも、率直に、すっと置くように書かれているように感じました。 ちょっ参っているときに読むと救われた気持ちになる一冊です。 #生き方

『こころが晴れるノート』 大野裕著

まず、認知行動療法について、この本の説明を抜粋させてください。 「私たちは、現実をそのまま客観的に見ているわけではありません。自分独自の受け取り方や考え方の影響を受けながら、自分なりの思い入れの世界を作り上げて生活しています。 『認知』というのは、この現実の受け取り方やものの見方のことで、その『認知』に働きかけて心理的なストレスを軽くしていく治療法を『認知療法』と言います。」 ※正確には「認知行動療法」と「認知療法」は異なりますが、最近は認知療法と行動療法を結び付けて実施することも多く、「認知行動療法」という呼び方も定着しています。 私自身は認知療法を専門としているわけではなく、対話をするときにも中心の様式として採用しているわけではありません。 しかし、この治療法に限らず、何らかのかたちで、自分の認知や考え・こだわり・信念等について客観的に眺める習慣は、非常に救いになることが多いです。 感情に飲み込まれることで、普段のように考えられなくなり、いつもはできていたことができなくなります。それが続くことで日常生活の支障が表れ、負の循環が起こり、病的なうつの状態に陥ることもあります。よって、特にうつの時には、自分の考えに自覚的になって、考え方の傾向から少し抜け出ることが勧められます。 その方法の一つとして認知療法は今最も一般的な心理療法であり、自分の考えや行動を見つめるきっかけを与えてくれると思います。 この本の副題に「うつと不安の認知療法自習帳」とあり、自分で認知療法ができるように一歩一歩、やり方を教えてくれる本です。 認知療法の本は非常にたくさんありますが、うつや不安の対処として自

“水中毒”の症例について

昨日に引き続いて、もう少し“水中毒”の病態を紹介させてください。 患者さんの生活の状態に気を配ってさえいれば、この病気が重たい結果を生ずることはまれではあります。しかし、まれではあっても時々、意識障害まで来すような緊急の対応を要する場合を経験するので、もう少し詳しく書かさせて頂きたいと思います。 それと、脱水とともに、この状態が頭にあるだけで、予防できる病気なので、もう一度具体例を示しておいた方が良いように感じます。 外国の医学雑誌(British Medical Journal)に発表された症例報告で、自分が全く同様の(横紋筋融解を合併した)“水中毒”を経験したので、印象に残っている内容です。 “Hyponatreamia associated rhabdomyolysis following water intoxication” 水中毒に合併した横紋筋融解とそれに関連する低ナトリウム血症 簡単に冒頭の部分を要約させてください。 「双極性障害の39歳の男性が、けいれん発作と意識障害を来して入院した。彼は最近数か月、毎日8~10Lのダイエット・コークを飲み、15~20杯のコーヒーと数杯の水を数分おきに飲んでいた(コーヒーについては多すぎる気がするのですが、このようにしか訳せませんでした)。この期間ずっと繰り返す頭痛を訴え、鎮痛薬を服用していた。入院した日、混乱と興奮を認め、5分間の全身性のけいれんが目撃されていた。その他に症状はなく、この時期のアルコール飲用や頭部外傷の既往(それまでに罹った病気)もなかった。彼は双極性障害を患い、日に6㎎のリスペリドン(日本でも非常に良く使

“水中毒”について

“水中毒(water intoxication)”という言葉を聞いたことがあるでしょうか? ステッドマン医学大辞典によると 「水を体内に入れすぎたために生じる代謝性の脳障害」 となっております。 検査値の異常として血液中のナトリウム低下が出現し、症状として疲労感・吐き気(嘔吐)・頭痛から始まって、性格変化等の精神症状、重度になった場合には歩行障害、意識障害(昏睡)やけいれんを認めます。 水やジュース(スポーツ飲料も含む)の過剰摂取が原因で起こることが多く、(あって欲しくないことではありますが)精神科の病院では比較的ありふれた病態です。 統合失調症の患者さんや自閉症性の特性を伴っている知的障害の方に多い傾向があります。 自閉症特性の一つとして知られる常同行動や精神病性の病態が進行した時の認知障害(抑制低下)が引き起こすこともありますが、多くの場合、 抗精神病薬の服用⇒ 抗コリン作用(口渇という副作用) ⇒ 水の多飲 ⇒ 元の精神疾患も関与しての飲水行動の慢性化 というしくみによって理解されています。 なぜ、敢えてこの時期に「水中毒」について書かさせて頂いているかというと、夏期には水分バランスの崩れによって起る病気の一つとして、脱水・熱中症とともに注意すべき状態であると思うからです。 今の時期、脱水・熱中症の予防目的で、水分摂取の必要性が強調されますが、時々“行き過ぎ”の場合が見られます。そして、すでに気分不良や歩行障害などの“水中毒”由来の症状が出現している場合が少なくありません。 飲水量の基準として1.5L程度が勧められていますが、これは年齢や時期によって変動します。汗や不感蒸

『レナードの朝』

薬物療法の劇的な効果をめぐる光と影を描いたヒューマンドラマです。 レナードを演じたロバート・デ・ニーロとセイヤー医師を演じたロビン・ウィリアムズの演技もすばらしく、いつまでも余韻が残るストーリーとともに高く評価され、アカデミー賞において作品賞、主演男優賞(ロバート・デ・ニーロ)、脚色賞でノミネートされました。 次に大まかな話のすじを紹介させてください。 児童期から嗜眠性脳炎と呼ばれる病気に罹ったレナードは中年になるまでの数十年間を、無動固縮(動きがなく、固まったように見える)状態で過ごしてきた。レナードが長期入院していた病院に赴任してきたセイヤー医師は、同様の症状を示す患者のある反応をヒントに薬物療法の可能性に思い至る。L-ドーパというパーキンソン病向け薬剤の投与により、数十年の無動から目覚めたレナードはそれまで失われていた人間らしい生活を謳歌し始めた。しかし、徐々に薬の効き目は減少し、元の状態に戻っていく。この病院に来るまで研究にしか興味がなかったセイヤー医師だったが、レナードの喜びと絶望の過程に寄り添う中で、患者たちの人間的な感情に共感を深めていく。 前半では、ささいなヒントから改善への糸口を掴もうとする治療への取り組みに感銘を受けましたが、この映画の中心は、一度得たものが再び失われていく過程、耐え難い患者の苦しみと喪失にいかに寄り添うか、その姿勢にあると思われます。 治療者としての在り方が問われるだけでなく、人が苦しむ他者とどのように歩んでいくか、人間としての基本的な姿勢が問われる内容で、深くしみじみとした印象を残すドラマです。 #薬物療法

『技芸としてのカウンセリング入門』 杉原保史著

様々な流派やスタイルが存在するカウンセリングの世界において、全てに共通する部分をはっきりと示すことは困難だと思います。しかし、この本はカウンセリングが技術的なレベルとして、カウンセリングと呼ばれるに値するための要素を明らかにしようとしているように感じます。 この本の基本的な姿勢を示している部分を抜粋させてください。 「本書に表現されている私の考え方の顕著な特徴は、カウンセリングを技芸(アート)として見る見方にあります。カウンセリングを、科学や学問としてよりも、技芸として見る。私は、カウンセリングは、端的に言って、音楽や演劇やお笑いなどのパフォーミング・アートの一種だと考えているのです。」 技芸であるからには、上手と下手があり、技術的レベルとしての評価の可能性があるということ……特に専門家として自分のやり方がある程度できて「しまった」後には、受け入れ難い事実です。 ……自分の治療が上手く行かないのは、まず単に「下手」なんじゃないだろうか? 私の場合、この本を読むと、そんな疑念が常に湧いてきます。 例えば、カウンセラーの「聴き方」に言及した次のような一節があります。 「……カウンセラーの典型的な聴き方は、これとはかなり違います。それは努力しない聴き方です。とても集中して聴きますが、がんばって聴くのとは違います。力みなく、心を自由にして、ただ聴くのです。頭を使うというよりは、全身で感じながら聴きます。考えるモードではなく、感じるモードで聴きます。」 私は上記のような記述に、本来形のない「こころ」の有り様や感覚的な部分について、言葉で空間を削り取るように形を与える過程をみている気がしま

アルコール依存症への心理療法

以前に禁煙を目的として行う心理療法について書いたことがありました。 そこでは、怒りの制御を学ぶアンガーマネジメントを加えると、通常の禁煙プログラムよりも、禁煙が成功する割合がぐっと良くなるという結果でした。 そのように、依存症に対するアンガーマネジメントの効果は多くの研究で確認されています。 今回は、依存症の中でも非常に多いアルコール依存症に対して、通常のミーティングによる療法(AAF: Alcoholics Anonymous Facilitation treatment)とアンガーマネジメントによる療法(AM: Anger Management Treatment)を比較した論文を取り上げます。 “Alcohol-adapted Anger Mnagement Treatment: A Ranadomized Controlled Trial of an Innovative Therapy for Alcohol Dependence” アンガーマネジメント療法のアルコール依存症への応用: アルコール依存症に対する革新的心理療法のランダム化比較試験 J Subst Abuse Treat. 2015 December; 59: 83-93. 従来からアルコール依存症に対して定評のある心理療法として、AA(Alcoholics Anonymous)が勧められてきました。これはアルコール依存症に苦しむ方たちが飲酒を止めたいという願いをもって集まり、自分たちの経験を分かち合うことを目的とするミーティング活動を中心とする団体です。 日本でもAAは広がっており、他にミーティングを中