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『博士の愛した数式』 小川洋子著


今日は、小説の紹介をさせてください。

以下は本の紹介にも使われている本文からの抜粋です。

「『ぼくの記憶は80分しかもたない』博士の背広のそでには、そう書かれた古びたメモが留められていた。」

認知症の老人“博士”、家政婦の私、その息子の“ルート”を主な登場人物とする物語です。博士は数学とプロ野球(カード)と子どもに深い愛情を持ち、私はその博士を支える家政婦として最初は戸惑いながらも、徐々に博士との付き合い方を学んでいきます。そして、徐々に息子のルートに触発されながら、記憶障害や頑固さといった当初目立っていた博士の特徴ではなく、その人間性に気づき始めます。

介護の体験で良く言われることですが、認知症の方と過ごしていると最初は目立つ症状ばかりに目が向いていたのが、徐々にその人となりであったり、人生の過ごし方であったり、その人独自の部分に気付くようになる……そんな過程がすごく丁寧に描かれています。

認知症の病態を単純に捉えて、行動心理徴候(=周辺症状)や人格の変化(特に、“荒廃”と言われるようなその人の性格さえ侵すような変化)を最小限にして、全体として美化している点は、小説として成り立たせるためやむを得ないと思います。

美化されている中でも、人間にとって大切な“本当のこと”が含まれているからこそ、この物語は人の心を打つのだと思います。どんな状況でも、ささやかな“良いもの”を求めることの大切さ、または、そうでもしないと生きていけない人間の営みのあり方というか……。

読んだ後、美しく静かな音楽、しかも感情の機微を表現した温かい曲を聴いたような気分になる一冊です。

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